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久しぶりに千家のネギラーメン食べました、Dice+Kです。
negi

千家は根岸線(京浜東北線)の根岸駅のすぐ近くにあります。
辛子味噌を入れるとネギの青臭さが消えて凄くおいしいです。
いつも並を頼んでいるのですが、お腹いっぱいになります。

帰ると大抵は、というかいつも夕食が用意してあるのですが、
(私が事前にいらないと言わない限り)
作ってくれる人がいるなんてありがたいってある子は言ってくれましたが。
それをほっておいて飯をすませてしまう事はたびたびあります。
で、作ってあるのはその日は食べないで次の日食べる事もあります。
(というか勝手にそれがでてくる)

急にバイトの後に飲み会だとなって食べないってのは
腹一杯になって食べれないのはご理解いただけると思います。
だけどそういう事じゃなくてただ単純に食べる気が起きない時があります。
それどころかむかついてとっておけばいいものを
あえて流しに捨てた事すらあります。

というのも、味覚(Palate)がないからかも知れません。
いえ、味は感じています。ご飯の味、みそ汁の味…etc
でも、「おいしい」っていう感覚が起こりません。
物を口に入れて、流し込んでいる作業。それが飯って感じ。

だから時としてその作業が非常に苦痛に感じる時があります。
もう生きるために仕方なく食べているという義務感。
それって言うのは中高で弁当を持たされている時に一番感じた。
もちろん弁当の方が安上がりでどうせ妹二人の分も作るから
楽って言うのは重々承知していた。

けれどみんなが学校の購買部でなんやら買ってくる中
一人で弁当を食べているのは辛かった。
あれがおいしい、これがおいしいという話が俺には理解できなかった。
はぶかれている感じ…

だから、高校三年になって弁当から解放されてちょっと楽になった。
既に時遅しって感じだけど。
そして、大学生になってから今も感じていて、
一人の時は食欲がない。それってのは所詮生きるための飯。

友達との食事の時は割と食べる。
家では全くという程飲まなくて飲んでも一杯で十分と思う
酒もがんがん飲んでしまう。すぐ顔赤くなるけどね。
一体、何が違うって言うんだろうね?

人は匂いや味によって記憶を鮮明に思い出す事がある。
俺の舌はいろんな味を覚えている。
だけど家で食った「あの日」の味は覚えていない。
例外は小四の時スイミングスクールで飲んだコーヒー牛乳の味か。

この前、人生で何度か目の手料理を食べた。
俺はその味を覚えている。
クリームスパゲッティやサラダの味じゃない。
その料理の味がおいしいって事をだ。
また、味わえるのかな?

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