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Evernoteで収集することについて、色々な意見はある。別にその時で調べれば構わないとか。はたまた面倒臭いだとか。まったくどうでもいい事を述べられている。何を集めるべきか、他人に伺うなんて滑稽でしょうがない。聞くべきはどうすれば上手く集められるかや、後から調べるのが大変でないようにするかだけだ。


他人には用無し


子供の頃にあなたは何を集めていただろうか?音楽CDや学術書やはたまた時計か。そんなもんではないだろう。子供が好きなのはミニカーやカードダスやありがちなのは牛乳瓶のふたか。そんな何に使えるか分からないようなものを頑張って集めていただろう。友達に見せる事もあっただろう。一人眺めてニヤつく事もあっただろう。でも、それはたまに思い返せばする事で、ひとまず集める事に無我夢中でなかったのか?Webにある役に立つページというのはあなたにとっても必要であるだろうけども、他の人にとっても必要なものであることは往々にしてある。すると、必然的にGoogleなどの検索では上位に表示されることになる。ふむ、集める必要はあるのだろうか。で、あなたは今何をしているのか。


自分には宝物


たとえ友達に見せる事があったとしても、それは請われればであってそう頻繁にあった事ではないだろう。たまにあまりにも極上のお宝が手に入ると思わず見せたくなるのは分からないでもない。大抵は他の人には役に立たないもので、見せた所で「ほう、そんなのが手に入ったのかい」と軽くあしらわれるのは見に見えてるからだ。間違っても大人に見せる事はない。見つければすぐさま「そんなものは捨てなさい」とあからさまに言われてしまうから。そして、次に見られたときには「まだ持っていたの!?どうせ飽きるのだから早く捨てなさいよ!」といわれてることもあるかもしれない。考えて欲しい。娘の成長日記を見せられたとして、あなたはそれほど嬉しいだろうか。確かに一度見る程度であれば、相手の子供の成長を祝ってあげるというのはごく自然なことだ。2度、3度有ったとしても、もちろん構わない。それが100度か何度か数えられなくなってくると、思わず「分かった、分かった」とつい口を出てくるのではなかろうか。で、今あなたは何をしているのだろうか。


Evernoteにはガラクタ


今、あなたがEvernoteに集めているものは人の役に立つものだろうか。それとも、自分の役に立つものだろうか。人の役に立たないものなど集めてもしょうがないと、これは役に立つ、これは役に立たないと峻別しながら集めているのだろうか。でも、Evernoteは最初から公開されるように設計されているのだろうか。有料版ならできるけれども、無料版ならできるようにはなっていない。メールで教えることもできるけれどもね。もちろん、「たまたま」集めていた何かが友達の役に立ったときなどは無常の喜びだ。これを否定する理由はない。しかし、そんな在ったらいいねの為に日々集めていくというのは何か息苦しいものではなかろうか。子供のころに集めたガラクタのように、Evernoteにあるコレクションを時たま見せることがあればいいのではないだろうか。つ、ま、り、だ。Evernoteには自分にとってウキウキするような、ワクワクするようなものが入っていればそれでいい。誰の、といったことは全く必要はない。それは後から思い返せばいいことだ。で、今あなたはノートブックやタグをどうするのか。


ノートブック・タグには思いを


ならば、ノートブックの分類やタグ付けはどうすればいいか。あなたが感じたままに振り分ければいいと思うのだ。タイトルや書いてある中身というのは関係ない。あなたがこれは『Twitter』に関するものだと思ったものに"Twitter"のタグをつければいい。あなたがこれは癒されるものだと思ったものに"癒し"とか"子猫ちゃん"とか"にゃんにゃん"とかなんとか付けておけばいい。それに対してあなたがどう思ったかを記しておくためにつけるのが、ノートブックやタグの役割だと思う。どちらかというと私はタイトルをつけるのが面倒でしょうがない。並べておいて、眺めている中から、これがいいかなと拾い上げようとしているのに特にこれが欲しいとぱっと分かるほどのことではない。猫の写真が並んでいる中でこれはなになにという名前というのを付けていくのは骨が折れる行為だ。どの子もこの子も、私の可愛い子猫ちゃんたちだ。(もちろん本当に猫だ。そうでなくても構わないが)もし、書きかけの必要な書類を探しているのなら、それがたくさんあるのなら、一つ一つに特定できる名前を付けるべきかもしれない。それとは、分けておこう。Evernoteは、ただのメモ帳やノートではない。あなたが見付けて、感じて、また感じたいと思ったすべてを溜め込んでおく場所だ。だから、『第二の脳』になり得るのだ。見返す義務などそこにはない。ちょっと疲れてしまったとき、ちょっとなにか面白いことをやりたいとき、あなたはEvernoteを眺めて、そのネタをパッと拾い上げるのだ。もしかしたら、また違う思いがそのときに湧き上がってくるかもしれない。そしたらそのときはまた新しくタグを付けようか。それもいいだろう。僕はそこに一意の名前があることに拘りはなく、なんぞすればノート中にある文から検索をかければいい。それよりも僕の恣意的な思いは文中には留めてくれないので、それをタグで手早く付けることに拘っている。もし、一つにしか付けていないタグがあったとしたら、僕はそのことに関心がないのでおさらばすることを検討する。さて、今Evernoteを眺めるのは楽しいですか?

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