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知的生産に関して@kazumotoさんが面白い記事を上げられた。毒づいているという感想がこれに対してある訳ではない。でもって、@rashita2さんがそれに対して対論記事を上げられた。これこそ、面白いと言わずしてなんというか!?ブログ上でディスカッションするという事が起きている。懐かしきトラバだと、こういう事は意図されていたのとは少し違う。あれは関係ある記事を書いてますよと言っているだけで、有名な記事もしくは筆者に感想を述べているだけにしかなり得なかったから。それを読んだところで、そういう意見もあるのかと頷くか、関係した雑学が手に入るかといった所が少なくとも大多数を占めていた。でも、今回のはある問題提起に向けて、ひとつの解答を取り上げている。有意義な産物が出来上がる素地だ。
と、一人の読者として盛り上がっちゃったのさ。

となると、このヒートアップしつつある場に(勝手に思ってるし、勝手に仕立てあげているのだけど)加わりたくなるのは自分の性分なので、阻害しない様に生産的な内容でもってブログを書いてみようと思うのだ。


2人の討論の要点


そもそも、「知的生産」とは、梅棹氏が提唱した概念であり、ドラッカーがそう述べたのではない。となると、梅棹氏に依拠した話だ。新しい事柄を創造するという点において@kazumotoさんの解釈が間違っている訳ではない。すなわちは頭を使って成果物を出して行こうという事であり、知的生産の技術を学ぶ恩恵は、より良いものを出せる様になるか、より少ない力で同じものをだせるかということになるだろう。ただ過度に学ぶことに対して、@kazumotoさんは疑問を呈している。しかし『「目の前の仕事にいつもベストコンディションで取り組むにはどうしたら良いか」だけに収斂し た方が余程、知的生産性が上がるのではないかと思う』とは述べられているので、真っ向から否定しているわけではないと思う。なぜならその「ベストコンディションで取り組むには…」という行為が、知的生産の技術、ないしはライフハックとは言えるからです。


対して、@rashita2さんの意見としては、知的生産の技術は一般的なサラリーマンから抜け出すために必要なことであり、コア・コンピタンスとセルフ・ブランディングの2点を想像するものだとしています。そして、他の誰かが考えたことを活用してそれらに取り組んでいくというスタンスを取るのがいいでしょうとしています。また付随事項として、「頭を働かせる=知的生産」ではなく、アウトプットに重点が置かれているということも述べられています。そして、『「知的生産」=「Knowledge worker」ではない、という可能性はすこし抱えておいて下さい。』とも述べられています。他にも細々とありますが、重要なところはこれくらいでしょうか。


2人の意見を対比してみると、同じ答えを探しているようにも思えます。それは、今行うべき知的生産の技術はどの程度を行えばいいのかに対する答えです。正直な答えは、それこそDepend on youとなります。となるとお気の済むまでご自由に討論を…と傍観しても悪くはないのですが、知識労働者というドラッカーの示した概念が絡んでくるとなると一度整理してみようかと考えるのです。


知識労働者とは


まずもってドラッカーが唱える知識労働者とは、経営学における被雇用者の定義であるということを理解してもらわないといけないと思います。それは、経済学において人をなんと捉えるかが合理的判断を下すのであると定義したように、経営の視点に置いて知識活動に根づいている労働者が出現しましたよというのがドラッカーの提言になるということです。では、この提言にいたるまでは、もしくはドラッカーがこの知識労働者の出現に先立ってどの様に労働者を捉えていたのかというと、”Manual Worker”となります。これを「肉体労働者」と訳すのが適切であるかというのは、お二人の議論を見ているとその本来の意図を組みにくく感じられていると思います。なぜなら、「肉体労働者」とした時に肉体を使う作業を伴う労働者であると包括的に捉えざるならなくをえるからだと思います。では、今ある労働者は全くもって肉体を使用しないのかと問われるとそうではないと答えたくなるのです。結局、仕事というのは人による活動であって、人が肉体と精神によって構成されている以上、肉体を切り離して活動するという行為はそうそうに成しえないのです。では、”Manual Worker”とはなんなのでしょうか。それは手を「道具」として物質的な活動を成果に反映させる労働を行う人達です。パン屋でパンを作る人、出店でこけしや羽子板作っている人、そういった職人と呼ばれるような人たちです。ここでは何個生産したかという定量的な測定により成果に反映することが可能です。こういう人たちは現代の日本では稀であり、一般的なサラリーマンと呼ぶのははばかれます。この次に定義されたのが知識労働者かというと、もう一段階あります。それは産業革命によって機械が導入されて機械も使用して生産する労働者です。機械という高度な知識を要するように思えるものを使いつつも、それはやはり知識労働者ではないのです。彼らの成果もまた定量的な測定によって可能です。そして、テイラーの科学的管理法により彼らの仕事は分解され、分業されてもなおこの仕事をする労働者を用いて経営することは容易だったのです。何故ならば労働者という括りに置いては、決められたことを決められたとおりに実行すれば成果への反映、貢献が明確であるという認識に基づいていたからです。


では、知識労働者とはなんなのでしょうか。それは@rashita2さんが引用されていた部分にあるように、「知識」を主たる道具として、「知識」を生産する労働者です。ただ「知識」を発露する過程において、手もしくは機械を介在する必要性に駆られる場合があるので認識しにくいのかと思います。そして、その成果は定量的に測定出来る事なのですが、どの程度反映すべきかが認識しにくいので非常にややこしいのです。例えば、セールスマンは知識労働者なのです。そして、彼らの成果は何個商品を販売したのかという定量的な測定が可能です。ただ歴史を遡ってみると販売、もしくは営業というのは新しい分野であって、その貢献度合いは認識されていなかったものなのです。なぜなら、商品は作れば売れるという受動的な姿勢でしかなされていなかったからです。それは供給が需要を上回っていた時代であれば商品は必ず必要とされていたからです。しかし、今の時代そういうことはありません。同じような商品は溢れかえり、需要は供給を上回っています。積極的に自社の商品を売り込みに行かないと誰も買ってはくれない時代なのです。作ることが売れることでなくなった時、販売というのは売れるということにどの程度関与しているのでしょうか。原価に対して製造原価を除いた部分でしょうか。その原価は販売というのをどの様に規定して決められているのでしょうか。一般的な人件費がこのくらいだからと規定されているのでしょうか。それでは成果に由来しているとは言いがたいと思います。原価割れしないと売れない営業マンと、定価で売ることが出来る営業マンの成果は同じく商品を一つ販売したとして換算すべきでしょうか。当然のごとく前者は利益を出していないどころか、損害を与えているにもかかわらずそのように判断すべきでしょうか。このようなことに関して私たちはまだ勉強の途中にあります。私たちがそれを管理するにはまだ優れるに至っていないと、ドラッカーは述べています。


かいつまんだ、稚拙な説明であるかもしれませんが、ここに至っても猫も杓子も”Knowledge Worker”と言えるでしょうか。日本ではまだ”Knowledge Worker”は少ないと、ドラッカーは述べています。工場での作業員は言うまでもなくですが、御用聞きに伺えば売れると思っている営業の上司は、部下を知識労働者として扱っているのでしょうか。何が欲しいという消費者の声を聞いていないと、機会損失しているだけだとする論理がまかり通っている状態は、知識労働社会なのでしょうか。知識労働者は、ブルジョワジーの後継ではなく熟練労働者の後継だと述べられています。熟練であるとは他の労働者とは異なり無形化している高度な知識を用しているということです。何も文を書くのや難しい定理を解くのがその仕事ではなく、そのような専門化された知識や思想などを扱っているのが知識労働者なのです。またその高度化された知識を持つことによって、組織間の異動が容易になることもドラッカーの著書で述べられています。故に「なんの仕事をしていますか?」という問いを投げかける事が必要となってくるのです。


知的生産とは


さて、正直に告白すれば、私は「知的生産の技術」なる本を読了したことはありません。この記事を書くにあたって、ジュンク堂でさらりと立ち読みして、序章を読み、目次を眺めた程度です。残りは@rashita2さんが述べられていることに準拠しています。ということで、あまり断定的に述べられないかもしれません。どちらかというと疑問を提起する形で行きたいと思います。


「知的生産」は梅棹氏が述べられているものですが、まずこれは労働なのかという疑問を私は感じてしまいました。というのもアウトプットで終了しているからです。労働に置いてアウトプットは終焉なのでしょうか。これこれを作りましたとなることが成果なのでしょか。作って売れてが出来て初めて商売だと思います。作っても売れなければ成果とはなりません。医者もまたどんなに素晴らしい手術をしても、患者が助からないと意味はないことと同じです。これはあくまでも「知的生産の技術」という本に対する疑問です。@rashita2さんはそこからさらに踏み込んで「成果」にフォーカスしていると思います。ぱらっと見た限りでは梅棹氏がドラッカーによる提唱を踏まえた上で、知的生産が必要だと思い至ったようには書かれていないように感じました。「知識労働者」において必要というよりは、どちらか言えばプロレタリアとブルジョワジーに分類した上でのブルジョワジーに必要だと解かれているように見えます。そもそもの梅沢氏の職業がブルジョワジー、ないしは知識階級と呼ばれていたものに属すると思われます。そしてあくまでもこの本は知的生産を行うために必要な技術もしくは道具に付いて語られているわけで、知的生産をどの様に管理するかということに言及していない点でドラッカーとは異なるレイヤーを述べているように思います。道具は成果を上げる上で不可分の要素ですが、道具を持っていることが労働していることになるという言説は困難です。


こうなってくると、@kazumotoさんが知的生産と一般的なサラリーマンの仕事を結び付けられないと述べるのもわかる気がします。でも、一般的なサラリーマンがナレッジワーカーを指すとき、目標管理や時間管理と言ったものは必要になります。その点において知的生産の技術が類似要素としてあるので、応用することは可能だと思います。では、知的生産の技術に関することが巷に出回ってそれらを知らないと、ナレッジワーカーになれないかというとそういう訳でもありません。労働の形態はその属する仕事によって既に明確にされているのでそれに当てはまった場合ナレッジワーカーとなるのです。


知的生産の技術は必要か


イエスでもあり、ノーでもあると思います。生産性を上げるというのは、経営の観点からは重要なことです。浮いた分利益が上がるわけですから。ただ生産性というプロセスに対するアプローチのみを追求するのなら、一労働者としては必要性は薄いとも言えると思います。アウトプットが変わらないというのであれば、収入は変わらず収入に限って言えば問題ないのですから。ただ生産力を高めるというのは、一労働者であろうともしとくべきだと思います。収入は増えたほうがいいでしょうから。
どちらにしろ、成長を促すというのは人々が生き生きと働く上で必要なことであり、そのひとつの手段として知的生産の技術があるのだと思います。成長というのはもちろん成果を増やすということです。ここで成果とは「え、収入だけ!?」とか「え、出世のために!?」という話はややこしくなるので止めておきましょう。一定のアウトプットのために一定の手段を取り続けるような機械のような活動を人間はできないものです。活動におけるなんかしらの抑揚は、仕事を楽しくする上で励みになると思います。するとやはり大きな変化は臨まない限りは手段である知的生産の技術はもはや一般的なサラリーマンにおいてもパソコンやペンを使うのと同じレベルの道具であり、これがどの様に出来上がるのかとか、どういった成分であるのかということは深く考える人がいないように知的生産の技術に関しても考えなくて良いことであると思います。しかしながら、インクの切れたペンやキーボードの壊れたパソコンを使うのが正しい仕事の仕方でないように、使い方と補修方法については習熟していたほうがいいと言えます。


なお@kazumotoさんが蛇足で取り上げられていた英文は、方程式としては問題ないとしても結論はあくまでも皮肉と取るべきだろう。そこはきっと分かってらっしゃるとは思うのだけど、あの方程式からは違う風にも読み取れるのではないかと思います。それは上の生産性を上げるということを目指した場合、余計な知識はいらないってことだと思う。例えば、経理の仕事をしてもらうのに公認会計士と簿記何級という知識のどちらかを持っている人を採用したほうが利益の還元率が高いのかというと、簿記何級の人の方が賃金が安いのでそちらを採用するということだ。経理という仕事のアウトプットとしては公認会計士クラスの知識は余分であると読めると思う。それで喜ぶのは経営者なので、労働者当人としては仕事を取られるという可能性もあるので、間違っても勉強しすぎない方がいいとは言えないと思う。


まとめ


当初は@rashita2さんよりの意見を言おうかと思っていたのだけれども、書いているうちに中庸な意見になってきた。もしかしたら、勉強不足で分かっていない部分もあるかもしれないし、もちろんもっと本読んだほうがいいなと改めて感じてもいるし。ひとつ書いている中でハッキリと言えるのは、知識労働と知的生産は混同しないように気を付けなければいけないということ。そして、もしドラッカーの提言を含めて語るのであれば、これからの社会、これからの組織、これからの組織の中にある人間がどの様に変化していくのかに注意深く配慮していかないと語れはしないと思う。そして、2つの視点の違いをよく理解しないといけない。ひょっとすると、組織=個人という風に収斂されているのかもしれず、それを含めると非常に難解な問題であり、けれども組織として個人をどうするのかということと個人として組織にある自分をどうするかはなにか違うようにしなければいけないと思う。そしてそこにまでドラッカー先生は言及しているというのが素晴らしいことでもあり、僕らは困惑してしまうことでもあるのかもしれない。
そう、僕は個人としての課題を議論しているお二方を、組織としてというレイヤーから肉薄していこうかとするのが非常に面白いのだ。こんな煽りもまたお嫌いでなければ、そこのあなたも参加してみては如何ですか?

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去る5月3日、もうすでに遠い昔だけれども、@kaitafj氏のご好意によりまだ日本では発売されていないiPadを触わせてもらってきた。結構忘れてはしまっているけれども、備忘録として書いておきます。


まず触っての印象


確かに700g程するiPadは本よりは重い。で、どうした?持たなければいいだけの話かと思う。ブックスタンド、もしくは適度に斜度の付いた台の上に置いて読んでしまえば良い。遠くて見にくければ文字を大きくするのも自在だ。ここが紙の本では出来なかったことだ。文字を小さくしなければいけない。だから、持ち上げなければいけないのなら、ここで逆の発想をするのもありだ。電車の中でiPadを読めないような状況であるのならば、それは紙の本でもなるべくなら勘弁願いたい。ぎゅうぎゅう詰めのなか手を突っ張って本や新聞を読めれる方は今一度前後の方の迷惑になってないかご確認願いたい。読めるときはiPadを膝の上に置くなり、両手で支えるなりご自由にどうぞという話だ。


液晶はやはり綺麗だし、立ち上がりの速度も早い。画面のローリングをロックするキーが側面についているというのも、例えば机の上に置いてみんなで覗きこむようなときにありがたい機能だ。画面もA4と同じくらいかもしくはレターサイズという事なのだろうか。使い慣れた大きさで、全体を一目で把握する事ができるちょうどいい大きさだ。


アプリを起動してみて


手始めにiBooksを見てみた。家の本棚が手元に現れたような感覚の一覧があり、何よりも素晴らしいのはページをめくる感覚があることだ。どうなぞっても同じようにめくれるのかと思いきや、きちんと触ったことに応じて実際のようにめくれてくれる。こういう所にこだわってくれるのが、やはりAppleの素晴らしいところだ。ギミックの含まれている本のアプリも最近注目されているようだけれども、大人にはこういうシンプルのでいいと思う。ToyStoryの絵本のアプリも入っていたので触ってみたが、そこには塗り絵やらゲームやらが入っていて実を言うとそれなりに遊んでしまったのでそういうのもあって欲しいと思う。話題のi文庫HDは入っていたような、入っていなかったような記憶が曖昧なので書けません。(何かもう一つ閲覧用のアプリが入っていたのは覚えている。)


他はTwitterのアプリも操作してみた。ここらはまだ出揃っていないので、そこまでいいのはなかった。ひとつ気になったのは、確か"TwitRoll"というアプリでツイートがドラムロールのように縦回転して送れるものだ。ただ、フォーカスが当たるのが中央のものではなく、一番上に当たるものだったのがなにか見た目でピンと来なかった。好みで言えば、横回転してくれた方が面白いのではないかと思った。Finderに使われているCoverFlowの技術を使って、誰か作成してくれないだろうか。名前は"TweetReel"とかはどうだろうか。


他には標準のアプリケーションである、カレンダーや連絡帳やメモなどを触ってみた。カレンダーは折角の大きな画面を生かしきれていない印象があった。連絡帳は前評判通りと言えそうだ。今回個人的に残念なのは
、iWorksのうち入っているのがKeynoteではなくPagesだったということだ。是非とも触らせて頂かせてスライドを作るのどこまで普通の筐体と比べて遜色なく出来るのかを確認したかったのだが。代わりにPagesの方では勝手にiPad密会事件第2回と銘打つファイルを作らせてもらって、キーボードの打ち心地を確かめさせてもらった。確かにブラインドタッチはできない。けれども、すでにキーボードは見えているのだから見えない前提は打ち崩れているので「ビジュアルタッチ」で問題ない。というより、今までに本当にブラインドタッチが出来ている人は一体どれくらいいたのだろうか。これが限られた人数でしかないとすれば、ブラインドタッチを求められるネットブックよりiPadの方が対象購買者は多くなるだろう。つまりはiPadは売れるってことだ。ブラインドタッチが出来ないと長文が打てないのなら、ブラインドタッチが出来なかった人は元から長文を打つ必要性が薄く、そういう人にiPadは長文が打ちづらいからおすすめしないというのはナンセンスだ。逆に打つ必要性が薄いからこそ、勧めるべきだ。で、長文を打ちたいと真に願う人達は、その思いが嘘ではないことを証明するためにキーボードドックを買うか、もしくはiPadでは全く打たないことを決めることだろう。


結論として


そりゃ、あんさん、買うか買わないかつう話でしたら、もちろん買いますよ。問題は、周りの人間に勧められるかどうか。これを確認するためにどうしても私は事前に触っておきたかったのだ。最近はPCを持っていない周りの人から聞かれることが多く、また下手すると役にも立たないネットブックを買って残念がられるのもそれを見てしまうのも非常に心苦しいのだ。0円ですよ~みたいな悪く言えば口車に乗って、うんともすんとも動かないようなものを買っていただきたくはないのだ。


では、どうなのか。今回の事からはお金に若干の余裕があるのならば、勧められると言って良いと思う。濁してしまっているのは申し訳ないのだけれども、そこはまずは自分で買ってみて操作してみてから出ないと最終結論は出せない。初期起動時に何らかのPCに繋ぐ必要性やWifi版であればPocket Wifiが必要になることもあるので、そこら辺は加味して判断を下して頂きたい。一つ気になっていたプロジェクターに繋げるかどうかは、この前の予約開始時のお知らせにて付属品が紹介されていたので、安堵の気持ちである。さて、5月28日の販売に対する予約は、予算の都合上見送ったわけであるけれども、来月の給料日には買えるようにお金を貯めるようにしていきたい。


注記:私は関西人ではありません。でも、時としてオブラートに包んで話したいときは、関西弁って便利だなって思います。もしくは滑舌が悪いのを隠したいというのも有ったりするかもしれません。ま、大したことではないですけど。

自分のブログに今ソーシャルプラグインとして話題になっているFacebookのLike Buttonを付けたので、覚書きとして記しておきます。まだ日本語での説明がないので対応できていない方がいらっしゃると思いますが、HTMLとCSSを編集できるブログであれば簡単に付けれますので是非試してみて下さい。それに最近はFacebookの利用者も増えてきているので、みんなで楽しむ事が出来るのではないでしょうか。
Facebookの日本からの利用者が1年間で急増 - mediamodeのメモと雑記
(記事がまとまっておりましたので、ご利用させて頂きました。)

そして丁度@SayobsさんがFacebookの説明記事を書いてくれました。
Facebookを始めよう!Facebook初心者のための10ステップ+α | Last Day. jp
そちらも合わせて参考にしてください。


1.開発者登録


では、まずはFacebookの開発者用のページに行きましょう。
Facebook開発者

最初に開発者としての登録が必須になります。登録ページはDocumentationの”Single Sign on”の途中に”register your application”とあるのでクリックします。でも、探すの面倒なので、下のリンクから行ってください。(ログインしていないと、まずログイン画面が出ます。)
アプリケーションを作成 - Facebook開発者
では、必要事項を記入しましょう。

アプリケーションを作成 - Facebook開発者
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必要事項を記入した後「アプリケーションを作成」ボタンをクリックすると、すぐに登録されます。次のような画面が出てくるので忘れずにEvernoteでClipしておきましょう。

Facebook_ID78BA8A8D
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そして、<div id="fb-root">から始まって</script>までをコピーしておきましょう。


2.SDKの組込


では、ページの下方にある「いいね!」ボタンをクリックし、プラグインのページにいきましょう。ここではFacebookのパーツを埋め込むには、2つの方法があると書いています。iframeを使うのとXFBMLという耳慣れないXMLを組み込むのがあります。XHTMLなどではiframeは推奨されていないので、思い切ってXFBMLを組み込んでみましょう。そのためにはいくつかのステップがいります。Javascript SDKの組み込みとmetaデータへの書き込みです。Javascript SDKがあると、Like Buttonを押してもらうと同時にコメントも記入してもらえるようになり、相手の写真がないときに高さを自動調整してくれるそうです。先程コピーしたHTMLタグを>/body<タグの前に設置して下さい。この時、appIDには先程登録した事で得られた文字列が組み込まれているはずです。そしてmetaデータをHTMLの先頭部分に設置しましょう。書き込むのは、ブログタイトルと記事タイトルとブログのロゴのパスです。FC2では変数が使用できるので、それで組み込んでいます。


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3.Like Buttonの設置


ここまで来れば後は楽勝です!ページの下にあるLike Buttonの項目に移動し、設定しましょう。URL to Likeには記事のURLを入れましょう。FC2だと<% topentry_link>です。(入力すると<と>は&lt;と&gt;に変換されるので、貼り付ける前に修正してください。)他のブログですと、permanentlinkになりますか?デザインは2つあります。そっけなくボタンとLikeされた数字が出てくる"button_count"と日本語の説明が表示される"standard"です。(ここではまだ英語ですが、実際に設置すると日本語になります。)まだFacebookの認知度は低いので、日本語の説明がついていたほうがユーザビリティは高いと思います。”Show Face”というのはボタンをクリックすると、ボタンを押したFacebookユーザの顔アイコンがLike Buttonの下に並ぶようになります。幅はブログの記事の部分に合わせてください。元の値のままでも問題ないです。ボタンの言葉にも2つあります。"Like"と"Recommend"です。「いいね!」というのと「オススメ!」というのことです。設置するブログのイメージに合わせればいいのではないのでしょうか。お堅い学術系の記事であれば、"Recommend"を選択するとか。フォントや色はブログに合わせてお好みに。フォントは”arial”,”lucida grande”,”segoe ui”,”tahoma”,”trebuchet ms”,”verdana”があります。色は”Light”と”Dark”という「明るい感じ」と「暗い感じ」の2種類があります。


こうして編集していると、横に設置イメージが出てくるのでわかりやすいですね。編集を終了したら、最後に”Get Code”ボタンを押してください。ポップアップにコードが表示されるので、コピーしましょう。XFBMLのコードは短くていいですね。

GetCode_Facebook958B767A8005
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で、問題は記事のどこに設置するかです。よくRetweetボタンは記事のトップにこれだけRetweetされましたと見せるためか誇らしげに設置してあります。同じように私も置いています。では、Like Buttonも同じように置くべきか。そうではなく記事を読み終わったところに置くのはどうでしょうか。読者の方が「あー、よかった。この記事、いいね!」で、ポチッと押してくれることを期待しています。それだけこのボタンは簡単に押すことが出来ます。Likeされた数は目立つようには表示してくれませんので、記事の読みはじめでの判断にインパクトを与えるのは難しいと思います。また"Standard"だとFacebookの顔アイコンが表示されてしまうので、想定しない幅をとられてしまうのを避けたいと意味合いもあります。


4.動作確認


それでは最後に設置したLike Buttonが正常に動作しているか確認してみましょう。Facebookにすでにログインしている状態で、「いいね!」と書かれた部分をクリックしましょう。ボタンの色が変わり、コメントを入力してくださいというポップアップは出てきましたか。コメントにはひとまずテストとでも入力しておきましょう。入力を確定しましょう。「いいね!」と出ている下に自分の顔アイコンが出てきましたか。問題ないでしょう。


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最後に自身のFacebookページに言ってみましょう。掲示板には「いいね!」と言っています。と書き込まれていますか?それが確認できれば、もう大丈夫です。

check_Facebook
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さて、後は「いいね!」とされるのを首を長くして待ちましょう。


まとめ


Facebookは利用者が増えてきたとはいえ日本ではまだまだですが、この手軽さははてなやツイートを上回っていますね。問題といえば、タグを付けれないことでしょうか。Disqusなどのコメントよりも、こちらでやり取りしたほうがお互い楽かもしれません。
ちなみに今回画像の挿入にはkwoutではなく、アイコンのカワイイSkitchを使いました。kwoutだとログインが必要なページではそちらに飛んでしまいますが、Skitchではそういう事もなくまた簡単に埋め込みコードを作成できました。(コメントにてご指摘あり、Firefoxのadd-onからクリップするとログインページにいくことはありませんでした)書き込むときはSkitchで、見せ方にこだわるのならkwoutにという使い分けは必要になるかもしれません。再び登場@Sayobsさんのブログで使い方が紹介されていますのでどうぞ。
EvernoteとSkitchの連携でebookを便利に使いこなす | Last Day. jp

それと私のFacebookアカウントはこちらDaisuke Miuraになりますので、よろしくお願いします。
で、下の「いいね!」ボタンをぜひ試してください(笑)

「仕事術」の体系を俯瞰してみたい』、事の発端はこういうわけだ。ある一人のビール好きの天才のお金にはならないような無謀な挑戦が、ある一人のギリシャ好きの気分屋の琴線に触れたことでちょっと首を突っ込んでみようかと思い立ったのだ。既に世の中に溢れる「仕事術」が様々なテクニックやメソッドを紹介しているけれども、そもそも「仕事術」とはなんなのだということを彼は突き止めずにはいられなかったのだ。何故ならば、それらは今や電子書籍の大波に飲み込まれるかという出版業界がこれでもかと出していった3分クッキングのようなものだから。どんなにそれを習得しても、「いい奥さん」になれるという方程式は導き出せない。かの堀さんが「ライフハック」を”Lifehack+ing”ではなく、”Life+hacking”をしているのですというように、「仕事術」をしているだけでは「仕事が出来る人」にはなれないのかもしれない。彼が欲しているのは、『仕事が出来る人」になれるような筋道だった一連の物なのだ。



仕事力」が持つ重み
仕事をしていく上で、それらをサポートする基本的な「技術」。それが一応「仕事術」の私なりの定義だ。それらは「技術」である分、視点はかなり「現場より」だ。現場より、臨床よりなので実践的であるが、その分全体を見通すことは難しくなる。
むしろ、そこから一歩引いてみて、全体を俯瞰し、組み立て直す。枝葉の情報に繋がるための幹のような存在。そういうのが一つくらいはあってもよいのではないかと思う。


R-style » 「仕事術」の体系を俯瞰してみたい



もちろんすでに天才の頭の中には漠然とながらもイメージが存在しているので、私がここで喚くなどというのは余計な「ちょっかい」でしかない。もしかしたら、混乱させることになるのかもしれない。それは私にとっては愉快なことではあるのだけれども、出来るのなら補完できるようにはしたいものだ。これが私にとっての決意表明であり、何回のシリーズになるかは皆目見当はつかないけれども思いつく限りは続けていこうと考えている。


「仕事」とはなんなのか


まず「仕事」がどういった行動で、何のために行うのかということを定義しないと、「仕事術」の体系が必要とされる所以は語れないと思う。「仕事」の定義とは、「捕食活動の高次的発現」であるのだ。つまりは、食べるを取るために狩りをするという原始的活動を代替する、人の役に立つや自分を成長させるといったそれ以上の意味合いを含んだ活動であるということだ。余剰生産物を生み出すことが可能になったことにより、物々交換が始まり、やがて貨幣流通を行えるようになった中で、直接食物を生産しなくても良くなったことにより発生した現象だと捉えている。これは一つの根底があると捉えているからで、それは人間の三大欲求の一つである「食欲」だ。そして、この低次欲求があるという言説が依拠しているのは、アブラハム・マズローの自己実現理論、もしくは欲求段階説と呼ばれるものだ。「食欲」という低次欲求が満たされているという前提のもとに活動しているので、「捕食活動の高次的発現」と表現している。


よく世間一般で仕事をしていて「食べていけるからこんな仕事でもいい」という言説があったりするが、文字通り食べるだけのために仕事している訳ではない。衣食住に関する「安全の欲求」がそこでは満たされている。どんな人も少なくとも雨風がしのげるところにいて、臭い時があっても服はまとっている。ただ、ここで注意して欲しいのは、必ずしもどんな時も「食欲」という低次欲求を満たすために「仕事」をするわけではないということだ。自己実現理論にもあるように欲求は移行されていくので、低次欲求が満たされた状態であればより高次である欲求を満たすために「仕事」をするということになる。ホームレスの人が空き缶や雑誌を集めるのは「仕事」であるけれども、山奥や人里離れたところで畑を作ったりしているのは自給自足の「生活」であってそういう人においてはその上で陶芸や絵画をするのが「仕事」だと言いたいのだ。というところにあって、他者との経済的交流がなければ「仕事」とは言えないとも言える。もしくは直接消費するものではないものを生産するにいたって、「仕事」になるといえる。



仕事力」の必要性


なぜ欲求というものにまで遡って話をしているかというと、欲求を満たすには直接間接問わず「力」が必要だからだ。すなわち、「仕事」という欲求を満たすための活動に対して、「仕事力」という力が必要になってくるという図式を明確にしたかったからだ。そして、「力」が強ければ強いほど、欲求は満たされやすくなる。もしくは欲求が渇望しているから、「力」が強くなるとも言える相関関係にある。このように「仕事力」がその欲求の段階において必要とされる強さ、もしくは多様さも含めて違うと言いたいのは下記の文節に対する答えである。


選択と集中という戦略が必要なように、”○○力”も自分の仕事に本当に必要な力は何か良く考え、選択し集中しないといけないのかもしれません。「知識はあるけど使えない人」若しくは「頭でっかちで動けない人」になってしまわないように、こういった”○○力”本との接し方はちょっと気をつける必要があるのではないかと思います。

これについては完全に同意します。ただ、「職業・職種」だけでなく「その人の志向性」でも必要な力は変わってくるのではないか、と私は考えています。「営業職」でも「バリバリ出世型」と「じんわり居座り型」では必要なスキルは変わってくるでしょう。

結局の所、自分が何を目指していて、そのためにどんなスキルが必要なのかが理解できて初めて「必要な力」というのが見えてくるのだと思います。つまり「選択と集中」戦略をとるためには、その前段階で「自身」について知っておく必要があるというわけです。


R-style » これからのビジネス書に本当に必要なこと



今、「自身」の欲求がどの段階にあるのかを、自らに問いかけることで必要な「力」が何であるのかを的確に認識して欲しい。しかしながらここで注意して欲しいのは、欲求を満たすものそのものが「力」ということにはならないことだ。欲求を満たすのは、「力」によって生み出される他のものだ。


つづく


もう少し続きを書いた時点で、疲れてきました。まだ頭の中でまとまっていないのかもしれません。なぜ【仕事戦術】というシリーズタイトルにしたのかも書かずに続くにしてしまいます。次の回でもまた語れないかも。3000字弱のを5時間もかけてしまっているのだけれども、そう考えると@rashita2さんや@kazumotoさんの書く速さというのは速いのだなと。いや、自分が遅いのであって、やはり書くことがきちんとまとまっているから、その速さで書けるのだなと思います。それよりも集中力の問題かな。訓練の日々ですな。

思えば結構思い切ったことをしたものです。何の因果だったのでしょうか。Toodledoを使いこなしてますか?と聞かれればNo!と答えたくなる自分が、Toodledoについてブログを書いているのですか?と聞かれればNo!と答える自分が、突発的にToodledoの会を開こうと思うなんて今更ながらに恐れ多いことをしたものだと思うのです。強いてあげるとするならばToodledoのアプリにおける日本語化を少し頑張った程度でしょうか。
そういう訳ですが、振り返りと次回へ向けての展望を記しておこうかと思います。
なお、参加者は以下の通りです。

大御所、佐々木正悟さん(@nokiba) - ライフハック心理学
Toodledoの申し子、@bousiyaさん - toodledo×GTD×タスクシュート
時間節約の達人、ヨシナさん(@447life) - 447ブログ
お鼻がおちゃめ、ばんばんさん(@cxq02002) - C型肝炎治療の”あかるい”肝炎生活
次代のライフハッカー、さとみんさん(@satomidesign)
そして、言う事イッチョ前の私、Δρακοντιαでした。

と、その前にお届けに伺いました


実は私、本親睦会を企画しておきながら50分ほど遅刻してまいりました。きっとばんばんさんがお店を取ってくれていなかったら、相当よろしくなかったでしょう。
というのも、iPadチョコを作成していまして、そのお披露目などで遅れて参加しました。
経緯に付いては以下を参照してください。

発端は

む、これに出てから、 #tddmtg に出ればいいのか?すいません!ガジェットにチョコは含みますか? RT @yuko985 朝からおしらせ-。ガジェットを持ち寄り自慢しまくるお茶会@渋谷やりますよぅ >> http://atnd.org/events/4192less than a minute ago via TwitBird iPhone



ハードルあげてきたー☆ふふふ、私はまだチョコを忘れた事はないですよ。侮ってはいけません。きっと文具好きのあの人( @beck1240 )がいい知恵を授けてくれるはず! RT @yuko985 文具型のチョコとか、チョコハックノウハウ実演付きとかよろです!less than a minute ago via TwitBird iPhone



途中経過は

のび太「ウワァァァン、ドラえも~~ん( @beck1240 )、ジャイアン( @yuko985 )にいじめられたよ~」ドラえもん「しょうがないなぁ、のび太くん。これで、何とかしてきなよ=3」の「なに?」ド「じゃじゃ~ん、パティシエさん( @satomidesign )!」~続くless than a minute ago via HootSuite



の「これでどうするの?」ド「彼女はジャイアンの弱みを握っているからね。それでね、グフフw」の「それで?」ド「それは僕の口からは言えないな。じゃ、検討を祈るよ。ピュー=3」の「よーし、それじゃ、パティシエさん、よろしく!」パ「チョコ作りましょうか?」の「へ?・・・」←未だフリーズ中less than a minute ago via HootSuite



このようにドラえもんには見捨てられたのですが、パティシエさんは素晴らしい人でした。
そして、完成したのがこちら。


ガジェットオフへと持っていったのですが、結果としてこうなりました。

やったああああiPadもらったあああああ http://twitpic.com/1i0d4fless than a minute ago via TweetMe for iPhone



まとめると、濃いのだよ!


周知のとおり、こちらにまとめられているわけで。
447ブログ: Toodledo愛好者達へのインタビュー
TOODLEDO ミーティング 第1回 親睦会 – ライフハック心理学

個人的には進行なんて出来ないだろうというのは織り込み済みだったので、あえての親睦会にして良かったなとしみじみと思うのです。しかし、そんなフリーディスカッション形式の楽しい集まりでしたが、みんなのめり込む、メモを取る、お酒はほどほど、料理もほどほど。これはすごい、と一言言うしかないのかな。そんな中のほほんとしていました。えぇ、次回はテーマをきちんと決めないともう収集させることは出来ません。
Toodledo自体については、まだまだ奥深く話せるところはあると思いますので、他のツールとの比較は考えなくてもいいのかと思います。Toodledoの使い方として、大まかなところで7HabitsとGTDとTaskChuteがあるので、そこが混戦しないように議論を分けて話していくような調整はこれから必要なのかなと思います。思えばフランクリン使っているわけだし、自分の使い方は7Habitsに寄っている部分はありますね。他の懸念事項は、細かいところの使い方、@hira_aさんが作られたブックマークレットのようなオプション、日本語化に向けてなどかと思います。
ネタに困ることはきっとないでしょう。佐々木さんのタスク管理やそのWebツールに関しては一朝一夕では語り尽くせないくらいがあるので、小出しにしていけば~という他人任せですが、とにかく定期的に出来るように黒子として頑張っていきます。

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