今日は、というか昨日の午後五時に起きたのだけど
凄く体が重い感じがした。なおかつ心も…
で、思わずバイトに遅刻… してしまいそうになった。
というか出勤時刻を間違えたので助かった。
こういう事は周期的に起きる事だ、俺としては。
原因と呼べる程の物はそこには存在しない。
疲れただの、アンラッキーな事が起きただのが
それにちょっと影響を与えるくらいだ。
こういう時は人と話すのですら
身震いをして、背筋に悪寒が入る。
自分の発言が相手の勘に障らない気になるのだ。
いつもは猫をかぶって隠している「弱い自分」が出てくる。
でも、それと同時に自分の中に「怪物(Monster)」がいる…
と、思いたくなる時もある。
前にも話したけれど、俺はナルコプレシーかも知れない。
だけど数年前はそんな事は知らなかったから、
自分の中に「怪物」がいてそれを押さえ込むために
体力を使ってしまってよく眠くなるのだと…
そういう理屈にしておいた。
周りが「よう寝るな」とうるさいから
それと元気すぎるとどうもその「怪物」が顕在化して
いらん力が入ったり、ざわめいた気持ちになったり…
だからいつもそこそこに疲れている方が上手くいくんではないかと。
勝手にこじつけていたのである。
と実は割と長い間付き合っているんだが、
そろそろいい加減に上手く押さえ込む方法、いや共存していく方法を
見つける事が出来ればいいかもなと思う次第だ。
凄く体が重い感じがした。なおかつ心も…
で、思わずバイトに遅刻… してしまいそうになった。
というか出勤時刻を間違えたので助かった。
こういう事は周期的に起きる事だ、俺としては。
原因と呼べる程の物はそこには存在しない。
疲れただの、アンラッキーな事が起きただのが
それにちょっと影響を与えるくらいだ。
こういう時は人と話すのですら
身震いをして、背筋に悪寒が入る。
自分の発言が相手の勘に障らない気になるのだ。
いつもは猫をかぶって隠している「弱い自分」が出てくる。
でも、それと同時に自分の中に「怪物(Monster)」がいる…
と、思いたくなる時もある。
前にも話したけれど、俺はナルコプレシーかも知れない。
だけど数年前はそんな事は知らなかったから、
自分の中に「怪物」がいてそれを押さえ込むために
体力を使ってしまってよく眠くなるのだと…
そういう理屈にしておいた。
それと元気すぎるとどうもその「怪物」が顕在化して
いらん力が入ったり、ざわめいた気持ちになったり…
だからいつもそこそこに疲れている方が上手くいくんではないかと。
勝手にこじつけていたのである。
と実は割と長い間付き合っているんだが、
そろそろいい加減に上手く押さえ込む方法、いや共存していく方法を
見つける事が出来ればいいかもなと思う次第だ。
元気な病人の見舞いに行った、Dice+Kです。
経過良好って事ですね…
そういう姿を見に行けるのが嬉しいんですよね。
僕には縁がありませんが。
そう、僕はいまだに入院した事はないんですよね。
怪我にしても病気にしても…
それは実に良い事だと思います。
何もしたいと思ってる訳ではありません。ただ…
基本的には年に一回程風邪気味になります。
大抵は胃が弱ります。これは昔からです。
他は疲れから来る寝不足で一日中寝てれば直るので。
マクドナルドに五年間程いますが、病欠したのは一度だけです。
でもね、なんだろよく考えるとこの状態が凄く中途半端。
精神状態追いつめられてる人なんかは
ガリガリにやせていたり、血色悪かったりするけど、
そういうのが表面に現れてこない。
というのは自分で思いこんでるって事じゃなくて、
他人にあまり察してもらえないか、もしくは自分で隠しすぎているか。
だから、倒れちゃったりするのとかうらやましい。
それって、辛い事は辛いって正直に言ってるって事じゃない?
前に言ったけど俺は今泣く事はない。
子供の頃も我が侭(Indulgence)言ったりする子じゃなかったらしい。
そういう風に自己を抑圧してきたのかも知れない。
でも今はもうそれには耐えられない。
例えるならそれは「漏れそうな小便を早く出したい」気分。
既に膀胱限界まで伸びてる。破裂しそう。
そこで出すとほ〜っとしますよね?解放された感じ?
それは人間の生理的欲求かも知れないけど。
でも俺が得たい事はまさしくそれ。
いつも「あ、出そう!」ってところで収まってしまう。
それが頻繁にある事は問題だけど、
その臨界点が高いのも非常に辛い事である。
で、なんかもっと限界まで追い込むべきかなと思って
無茶な事をしたりもする。
でも、動機が不純だから上手くいかないし。
いい方法はないのだろうか…
経過良好って事ですね…
そういう姿を見に行けるのが嬉しいんですよね。
僕には縁がありませんが。
そう、僕はいまだに入院した事はないんですよね。
怪我にしても病気にしても…
それは実に良い事だと思います。
何もしたいと思ってる訳ではありません。ただ…
基本的には年に一回程風邪気味になります。
大抵は胃が弱ります。これは昔からです。
他は疲れから来る寝不足で一日中寝てれば直るので。
マクドナルドに五年間程いますが、病欠したのは一度だけです。
でもね、なんだろよく考えるとこの状態が凄く中途半端。
精神状態追いつめられてる人なんかは
ガリガリにやせていたり、血色悪かったりするけど、
そういうのが表面に現れてこない。
というのは自分で思いこんでるって事じゃなくて、
他人にあまり察してもらえないか、もしくは自分で隠しすぎているか。
だから、倒れちゃったりするのとかうらやましい。
それって、辛い事は辛いって正直に言ってるって事じゃない?
前に言ったけど俺は今泣く事はない。
子供の頃も我が侭(Indulgence)言ったりする子じゃなかったらしい。
そういう風に自己を抑圧してきたのかも知れない。
でも今はもうそれには耐えられない。
例えるならそれは「漏れそうな小便を早く出したい」気分。
既に膀胱限界まで伸びてる。破裂しそう。
そこで出すとほ〜っとしますよね?解放された感じ?
それは人間の生理的欲求かも知れないけど。
でも俺が得たい事はまさしくそれ。
いつも「あ、出そう!」ってところで収まってしまう。
それが頻繁にある事は問題だけど、
その臨界点が高いのも非常に辛い事である。
で、なんかもっと限界まで追い込むべきかなと思って
無茶な事をしたりもする。
でも、動機が不純だから上手くいかないし。
いい方法はないのだろうか…
久しぶりに千家のネギラーメン食べました、Dice+Kです。

千家は根岸線(京浜東北線)の根岸駅のすぐ近くにあります。
辛子味噌を入れるとネギの青臭さが消えて凄くおいしいです。
いつも並を頼んでいるのですが、お腹いっぱいになります。
帰ると大抵は、というかいつも夕食が用意してあるのですが、
(私が事前にいらないと言わない限り)
作ってくれる人がいるなんてありがたいってある子は言ってくれましたが。
それをほっておいて飯をすませてしまう事はたびたびあります。
で、作ってあるのはその日は食べないで次の日食べる事もあります。
(というか勝手にそれがでてくる)
急にバイトの後に飲み会だとなって食べないってのは
腹一杯になって食べれないのはご理解いただけると思います。
だけどそういう事じゃなくてただ単純に食べる気が起きない時があります。
それどころかむかついてとっておけばいいものを
あえて流しに捨てた事すらあります。
というのも、味覚(Palate)がないからかも知れません。
いえ、味は感じています。ご飯の味、みそ汁の味…etc
でも、「おいしい」っていう感覚が起こりません。
物を口に入れて、流し込んでいる作業。それが飯って感じ。
だから時としてその作業が非常に苦痛に感じる時があります。
もう生きるために仕方なく食べているという義務感。
それって言うのは中高で弁当を持たされている時に一番感じた。
もちろん弁当の方が安上がりでどうせ妹二人の分も作るから
楽って言うのは重々承知していた。
けれどみんなが学校の購買部でなんやら買ってくる中
一人で弁当を食べているのは辛かった。
あれがおいしい、これがおいしいという話が俺には理解できなかった。
はぶかれている感じ…
だから、高校三年になって弁当から解放されてちょっと楽になった。
既に時遅しって感じだけど。
そして、大学生になってから今も感じていて、
一人の時は食欲がない。それってのは所詮生きるための飯。
友達との食事の時は割と食べる。
家では全くという程飲まなくて飲んでも一杯で十分と思う
酒もがんがん飲んでしまう。すぐ顔赤くなるけどね。
一体、何が違うって言うんだろうね?
人は匂いや味によって記憶を鮮明に思い出す事がある。
俺の舌はいろんな味を覚えている。
だけど家で食った「あの日」の味は覚えていない。
例外は小四の時スイミングスクールで飲んだコーヒー牛乳の味か。
この前、人生で何度か目の手料理を食べた。
俺はその味を覚えている。
クリームスパゲッティやサラダの味じゃない。
その料理の味がおいしいって事をだ。
また、味わえるのかな?

千家は根岸線(京浜東北線)の根岸駅のすぐ近くにあります。
辛子味噌を入れるとネギの青臭さが消えて凄くおいしいです。
いつも並を頼んでいるのですが、お腹いっぱいになります。
帰ると大抵は、というかいつも夕食が用意してあるのですが、
(私が事前にいらないと言わない限り)
それをほっておいて飯をすませてしまう事はたびたびあります。
で、作ってあるのはその日は食べないで次の日食べる事もあります。
(というか勝手にそれがでてくる)
急にバイトの後に飲み会だとなって食べないってのは
腹一杯になって食べれないのはご理解いただけると思います。
だけどそういう事じゃなくてただ単純に食べる気が起きない時があります。
それどころかむかついてとっておけばいいものを
あえて流しに捨てた事すらあります。
というのも、味覚(Palate)がないからかも知れません。
いえ、味は感じています。ご飯の味、みそ汁の味…etc
でも、「おいしい」っていう感覚が起こりません。
物を口に入れて、流し込んでいる作業。それが飯って感じ。
だから時としてその作業が非常に苦痛に感じる時があります。
もう生きるために仕方なく食べているという義務感。
それって言うのは中高で弁当を持たされている時に一番感じた。
もちろん弁当の方が安上がりでどうせ妹二人の分も作るから
楽って言うのは重々承知していた。
けれどみんなが学校の購買部でなんやら買ってくる中
一人で弁当を食べているのは辛かった。
あれがおいしい、これがおいしいという話が俺には理解できなかった。
はぶかれている感じ…
だから、高校三年になって弁当から解放されてちょっと楽になった。
既に時遅しって感じだけど。
そして、大学生になってから今も感じていて、
一人の時は食欲がない。それってのは所詮生きるための飯。
友達との食事の時は割と食べる。
家では全くという程飲まなくて飲んでも一杯で十分と思う
酒もがんがん飲んでしまう。すぐ顔赤くなるけどね。
一体、何が違うって言うんだろうね?
人は匂いや味によって記憶を鮮明に思い出す事がある。
俺の舌はいろんな味を覚えている。
だけど家で食った「あの日」の味は覚えていない。
例外は小四の時スイミングスクールで飲んだコーヒー牛乳の味か。
この前、人生で何度か目の手料理を食べた。
俺はその味を覚えている。
クリームスパゲッティやサラダの味じゃない。
その料理の味がおいしいって事をだ。
また、味わえるのかな?
今日も煙草を探すのに一苦労の、Dice+Kです。
なんせ吸っているのがピース・アコースティックという
非常に売れ行きの芳しくない物でして
扱っているお店が少ないんですよ。でもそれ吸いたいんです。
現在家(House)の自分の部屋のパソコンから書いているのですが、
6畳あるのですがまあごちゃごちゃと物を置いてありまして、
プリントやら参考書やらマンガやらサッカー雑誌やら
全くもって勉強する環境にない様なところです。
で、実際勉強する事はほとんどありません。
おいおい、学生の本分を忘れているぞ…
いや、していない時は特に遊んでいる訳でなく
ネットサーフィンしたり、寝てたり…
ぶっちゃけ家の中にいるとなんかしらを積極的にしようとする意欲が
まず持ってして湧き上がってこない。
だからブログ書くのも途中でだるくなったり…
なんか変な磁場が俺の部屋を取り囲んでいるのかしらん?
基本的には家にはいない事が多いのですが、
その「何もしない」事を証明するエピソードがあります。
それは大学受験を控えた高校三年の夏の事です。
私は塾に行く日以外は部屋で寝ていました。
さも勉強しているかの様にカモフラージュして
机に突っ伏して寝ていました。
夏休みって長いですよね?
1ヶ月くらいあると思います、だいたいどこでも。
そのほとんどです。
受験で一番大事なその時期を無為に過ごして
良く現役で受かった物だと思います。
今にして思えば気晴らしにどこかに出かけでもすれば
気持ちを切り替えて勉強に励めたのかも知れませんね。
本当に不器用であったなと今にしてお思います。
なんせ吸っているのがピース・アコースティックという
非常に売れ行きの芳しくない物でして
扱っているお店が少ないんですよ。でもそれ吸いたいんです。
現在家(House)の自分の部屋のパソコンから書いているのですが、
6畳あるのですがまあごちゃごちゃと物を置いてありまして、
プリントやら参考書やらマンガやらサッカー雑誌やら
全くもって勉強する環境にない様なところです。
で、実際勉強する事はほとんどありません。
おいおい、学生の本分を忘れているぞ…
いや、していない時は特に遊んでいる訳でなく
ネットサーフィンしたり、寝てたり…
ぶっちゃけ家の中にいるとなんかしらを積極的にしようとする意欲が
まず持ってして湧き上がってこない。
なんか変な磁場が俺の部屋を取り囲んでいるのかしらん?
基本的には家にはいない事が多いのですが、
その「何もしない」事を証明するエピソードがあります。
それは大学受験を控えた高校三年の夏の事です。
私は塾に行く日以外は部屋で寝ていました。
さも勉強しているかの様にカモフラージュして
机に突っ伏して寝ていました。
夏休みって長いですよね?
1ヶ月くらいあると思います、だいたいどこでも。
そのほとんどです。
受験で一番大事なその時期を無為に過ごして
良く現役で受かった物だと思います。
今にして思えば気晴らしにどこかに出かけでもすれば
気持ちを切り替えて勉強に励めたのかも知れませんね。
本当に不器用であったなと今にしてお思います。
また暗い話しかしていない事に気づく、Dice+Kです。
といってもそれがある意味このブログの目的だし、
膿は溜め込むより吐きだした方が健全である事は
言うまでもない事だからやめはしないけど。
人はいろんな時期を経験して大人になっていく物だ。
例えば、思春期であったり、反抗期であったり…
ただしかし思い返せば僕には世間一般と同じような
反抗(Rebellion)を親に対してした記憶はない。
それよりも小学校5,6年生の時に
良く些細な事で妹と喧嘩していた事の方が
当たり散らしていたという意味で反抗といえるのかも知れない。
ガチンコで殴り合ってましたからね。
中学になってからは妹を殴る→親に殴られるという連鎖の
理不尽さと無意味さにやっとこさ気づき、
それからは表面上はひっそりと身を沈める事にした。
ただ、会話はしない。聞かれても答えない。
という状況がその後続くのだが…
そして俺が言ったところは中高一貫で
卓球部にその6年間を費やした訳だが、
成績の悪さも相まってか親に部活辞めろとか言われた。
「所詮、部活なんぞ遊びだ」と
こちとら、かちんと来ましたね。
人が真面目にやっている物を否定されて
なんぞ、はいそうですかと納得できる物か。
なおかつ俺は部長をやっていたから
双肩にかかる重圧も存在する訳だ。
成績が悪い事は良くない事だけど、
少しは気の利いた事を言えないのかと。
という事で内部で非常に憎悪が渦巻いていき、
逆勘当できない物かと考えもした。
だからアメリカの大学に進学しようかとも思った。
しかし、いざ大学に入ってしばらくすると
その憎悪はどこかへと消え去ってしまった。
決して許した訳ではない。どうでも良くなったのだ。
最早既に俺にとって親とは利用する存在になっていた。
その目的は大学にはいる事によって半ば達成された。
すると今まで親に対するアンチテーゼとして
存在してきた自分の根っこがなくなった。
親の全てを憎み、その逆を行き、歩んできた。
それがなくなった時「自分とは何か?」という問いが
ありありと浮かんできてしまったのだ。
そこからこれは自分だと思える物をかき集めて
自分という存在を形成していくのに
人より多くの時間がかかってしまった。
いや、まだ足りない物はあると感じている。
それは… 命を投げ出しても惜しくない
守るべき人か
といってもそれがある意味このブログの目的だし、
膿は溜め込むより吐きだした方が健全である事は
言うまでもない事だからやめはしないけど。
人はいろんな時期を経験して大人になっていく物だ。
例えば、思春期であったり、反抗期であったり…
ただしかし思い返せば僕には世間一般と同じような
反抗(Rebellion)を親に対してした記憶はない。
それよりも小学校5,6年生の時に
良く些細な事で妹と喧嘩していた事の方が
当たり散らしていたという意味で反抗といえるのかも知れない。
ガチンコで殴り合ってましたからね。
中学になってからは妹を殴る→親に殴られるという連鎖の
理不尽さと無意味さにやっとこさ気づき、
それからは表面上はひっそりと身を沈める事にした。
ただ、会話はしない。聞かれても答えない。
という状況がその後続くのだが…
そして俺が言ったところは中高一貫で
卓球部にその6年間を費やした訳だが、
成績の悪さも相まってか親に部活辞めろとか言われた。
「所詮、部活なんぞ遊びだ」と
こちとら、かちんと来ましたね。
人が真面目にやっている物を否定されて
なんぞ、はいそうですかと納得できる物か。
なおかつ俺は部長をやっていたから
双肩にかかる重圧も存在する訳だ。
成績が悪い事は良くない事だけど、
少しは気の利いた事を言えないのかと。
という事で内部で非常に憎悪が渦巻いていき、
逆勘当できない物かと考えもした。
だからアメリカの大学に進学しようかとも思った。
しかし、いざ大学に入ってしばらくすると
その憎悪はどこかへと消え去ってしまった。
決して許した訳ではない。どうでも良くなったのだ。
最早既に俺にとって親とは利用する存在になっていた。
その目的は大学にはいる事によって半ば達成された。
すると今まで親に対するアンチテーゼとして
存在してきた自分の根っこがなくなった。
親の全てを憎み、その逆を行き、歩んできた。
それがなくなった時「自分とは何か?」という問いが
ありありと浮かんできてしまったのだ。
そこからこれは自分だと思える物をかき集めて
自分という存在を形成していくのに
人より多くの時間がかかってしまった。
いや、まだ足りない物はあると感じている。
それは… 命を投げ出しても惜しくない
守るべき人か
厚い胸板目指して日々大胸筋を鍛える、Dice+Kです。
サッカーやら卓球やらで下半身というか体幹部しか
鍛えてこなかったおかげで大胸筋が全く発達していません。
腕立て伏せ50回を日課としてただいま精進しております。
さて、ここでも何度か話している様に
私は毎日の様に夜更かしをしてあまり睡眠をとっていない。
しかし睡眠をほんの数時間しかとらないというのは
非常にまれでそれは状況に迫られた時しかない。
では予定がない暇な時はどうなのか?
逆に延々と寝てしまう。
10時間以上寝ている事もしばしばである。
これは最早不眠症(Insomnia)とは言えない。
そして例え目が覚めてもぐっすり寝た感じがせず、
布団がでていく気がしない。
さらには日中突然眠くなる事がある。
特に先生のつまらない話を聞いている時など。
それで寝たとしてもすっきりしないし。
という事を考えていると軽症ながらも
ナルコレプシーではないかと思えてくる。
それっていうのは寝てもノンレム睡眠の状態が多く
つまりはぐっすり眠る事が出来ないために
日中突然の眠気がでてしまう物だ。
今テレビで良くでる睡眠時無呼吸症候群とは異なる物だ。
これは睡眠中にのどが詰まって呼吸できなくなる事による睡眠不足が原因。
ナルコレプシーはあまり原因がわかっていない。
オレキシンという物質が関係あるとも言われているけど。
ナルコレプシーについて詳しくはQuatre Saisonsを
そんな訳で面白いエピソードがあります。
ある時一人でバイクで仙台まで旅行しようとした時。
学校に行ってゼミに参加してから旅立とうとしました。
少し迷いながらも無事高速に乗れたのですが、
走行中眠気におそわれました。
バイクで走っている夢を見るというおまけ付きで。
しかもその夢も自分を俯瞰で見ているんじゃなくて
目を開けて見ている景色と同じ物を見ていました。
これはいかんと思ってパーキングエリアで
体育座りの格好で眠って朝を待ちました。
いやぁ〜良く死ななかったなと。
眠ってても真っ直ぐ走っている自分て凄い!
サッカーやら卓球やらで下半身というか体幹部しか
鍛えてこなかったおかげで大胸筋が全く発達していません。
腕立て伏せ50回を日課としてただいま精進しております。
さて、ここでも何度か話している様に
私は毎日の様に夜更かしをしてあまり睡眠をとっていない。
しかし睡眠をほんの数時間しかとらないというのは
非常にまれでそれは状況に迫られた時しかない。
では予定がない暇な時はどうなのか?
逆に延々と寝てしまう。
10時間以上寝ている事もしばしばである。
これは最早不眠症(Insomnia)とは言えない。
そして例え目が覚めてもぐっすり寝た感じがせず、
布団がでていく気がしない。
さらには日中突然眠くなる事がある。
特に先生のつまらない話を聞いている時など。
それで寝たとしてもすっきりしないし。
という事を考えていると軽症ながらも
ナルコレプシーではないかと思えてくる。
それっていうのは寝てもノンレム睡眠の状態が多く
つまりはぐっすり眠る事が出来ないために
日中突然の眠気がでてしまう物だ。
今テレビで良くでる睡眠時無呼吸症候群とは異なる物だ。
これは睡眠中にのどが詰まって呼吸できなくなる事による睡眠不足が原因。
ナルコレプシーはあまり原因がわかっていない。
オレキシンという物質が関係あるとも言われているけど。
ナルコレプシーについて詳しくはQuatre Saisonsを
そんな訳で面白いエピソードがあります。
ある時一人でバイクで仙台まで旅行しようとした時。
学校に行ってゼミに参加してから旅立とうとしました。
少し迷いながらも無事高速に乗れたのですが、
走行中眠気におそわれました。
バイクで走っている夢を見るというおまけ付きで。
しかもその夢も自分を俯瞰で見ているんじゃなくて
目を開けて見ている景色と同じ物を見ていました。
これはいかんと思ってパーキングエリアで
体育座りの格好で眠って朝を待ちました。
いやぁ〜良く死ななかったなと。
眠ってても真っ直ぐ走っている自分て凄い!
睡眠時間削ってもゲームするガキな男、Dice+Kです。
なぜってサッカー好きの僕にはウイイレはたまらないから。
と言うよりは「引きこもり」の血が流れているからかな?
さて、前回は笑いってのが重要だと言ってみたけど、
僕の経験上、もう一つ重要なのがある。
そいつは「スキンシップ」だ。
つまりは握手や肩を叩くのに始まり、キスしたり、抱き合う事を指す。
それにより何が行われるのか、
それはお互いの温もり(Warmth)を感じ合う事だ。
血が通っている事を証明するのだ。
そして心を通わす事に繋がるのだ。
人が触るのを忌避している人間から言わせればそういう事だ。
前は自分から触れようとも思わなかった。
(満員電車では否応がなしに触れるが)
腕組みって良くするけどそれって防御の姿勢だったはず。
ここ数年間で人に触れようとし始めてきた。
だけど今でも触れる手は震える事がある。
顔を近くして話そうとすると圧迫感を感じていた。
(もちろん、相手が男だからという訳でなく)
なんせ小学校低学年の時に母親におんぶしてもらったら、
激しく嫌悪感を感じて泣き出してしまったくらいだから。
故意の下の行為には非常に敏感であった。
人を信頼していないから、体を預けるのがいやなのか。
因果関係ははっきりしていないけど、
ひとまず俺の様な人間が出来てしまう事は保証する。
広告機構のCMでも子供にはまず抱きしめてあげるが大事って事を
肝に銘じておいて欲しい。
こんな事言うのもそもそもはここ最近は温もりを感じる事があるからだ。
今までそういう願望があった物の叶わなかったけど
久しぶりに自分から包むのではなく
自分を包まれると言う事を経験した。
非常に和やかというか安らいだ気分になった。
というのはその人を信頼しているからか。単にその人だからか。
全く寂しがりやの人間はそんな事を思ってしまってかなわん。
なぜってサッカー好きの僕にはウイイレはたまらないから。
と言うよりは「引きこもり」の血が流れているからかな?
さて、前回は笑いってのが重要だと言ってみたけど、
僕の経験上、もう一つ重要なのがある。
そいつは「スキンシップ」だ。
つまりは握手や肩を叩くのに始まり、キスしたり、抱き合う事を指す。
それにより何が行われるのか、
それはお互いの温もり(Warmth)を感じ合う事だ。
血が通っている事を証明するのだ。
そして心を通わす事に繋がるのだ。
人が触るのを忌避している人間から言わせればそういう事だ。
前は自分から触れようとも思わなかった。
(満員電車では否応がなしに触れるが)
腕組みって良くするけどそれって防御の姿勢だったはず。
ここ数年間で人に触れようとし始めてきた。
だけど今でも触れる手は震える事がある。
顔を近くして話そうとすると圧迫感を感じていた。
(もちろん、相手が男だからという訳でなく)
なんせ小学校低学年の時に母親におんぶしてもらったら、
激しく嫌悪感を感じて泣き出してしまったくらいだから。
故意の下の行為には非常に敏感であった。
人を信頼していないから、体を預けるのがいやなのか。
因果関係ははっきりしていないけど、
ひとまず俺の様な人間が出来てしまう事は保証する。
広告機構のCMでも子供にはまず抱きしめてあげるが大事って事を
肝に銘じておいて欲しい。
こんな事言うのもそもそもはここ最近は温もりを感じる事があるからだ。
今までそういう願望があった物の叶わなかったけど
久しぶりに自分から包むのではなく
自分を包まれると言う事を経験した。
非常に和やかというか安らいだ気分になった。
というのはその人を信頼しているからか。単にその人だからか。
全く寂しがりやの人間はそんな事を思ってしまってかなわん。



